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wordpressの日記( https://yajiriinu.wordpress.com/ )の移植版

年末

きつねうどんと日本酒をたらふくおなかに入れて、あたたかい部屋にいる。幸福だ。いよいよ年末の感じがある。「年末の感じ」とは、幼少期に見た今はやっていないテレビ番組のように独特の、カンロ飴的あまじょっぱさを纏っているものである。

そんな年末だというのに、この前知り合いの伊藤というやつがスーパーで買ってきた値引き済のエビを持ってうちを訪ねてきた。家賃3万8000円の伊藤の極貧マンションにきらびやかなおせちのチラシが投函されており、それにいたく好奇心を刺激された伊藤はビラの中でも特に色鮮やかなエビ部分のみ買ってきたが、自炊を一切しない伊藤家に調理器具の類は一切ないためうちのいろいろな設備を貸してほしいのだという。エビはベトナム産であり、よほど鮮度が悪いのか赤茶けた部分と極度に青ざめた部分に分かれていた。伊藤はアホなので、赤茶けたエビの方が発色がよく加熱したらビラのような鮮やかな朱色になると信じてやまなかった。当然エビは加熱してもなんとなく赤茶けたままだったが、伊藤は私にひとつもエビを譲ることなく、フライパンだけ洗って帰っていった。

この伊藤にし返してやりたいと思い、極秘のうちに巫女をレンタルして私の自作のおみくじを引かせようということにした。伊藤は見栄っ張りなやつで、調理器具も持ってないくせに折りたたみ式のおしゃれな自転車だけは大切に所持していた。その伊藤の自転車には漕ぐと光るタイプのライトがついているが、この挙動が最近悪く夜道でつかないことがあるらしい。交番の前に家がある伊藤にとって死活問題だと思うが、本人はこのことを一切気にせず自転車を娘のように溺愛していた。これを利用して、真っ暗な夜道を走行する伊藤にたまたま通りがかった巫女が「祟り」と称して浄化のおみくじを買わせ、そのおみくじに非常に具体的な伊藤のプロフィールとともにリアルな今年(あと数日)の運勢を添えてやろうという算段だ。

「朝、テレビをつけて最初に聞こえるのが馬の鳴き声である日がある。その日は一日凶。外へ一歩もでるべからず。もし外に出ると必ず急な大雨に遭い雨宿り先で美人局に巻き込まれるので、外せない用事は女装して行くべし」とここまで書いて、年末だのにこんなに人を陥れるような嫌がらせをするなんておかしな話だと踏みとどまった。伊藤のアホをからかうにも限度があるんじゃないか。それに巫女をレンタルする必要もなければ自転車のライトの不調がおみくじで治るという理屈もわけがわからない。やめた。こんなくだらないことをしているうちに、値引きされたエビを嬉しそうに頬張る伊藤の充足していそうな生きぶりを羨ましく感じる気持ちがあらわれてきた。

それで急遽コンビニできつねうどんと日本酒を仕入れ、年末を感じている。年末に年末を思うことは、無難で平凡で伊藤のような間抜けさがあり、ニッキ飴的な温故知新ムードを思わせる情緒がある。おみくじを作らなくてよくなると急に暇で満腹で眠くてしょうがなくなった。